「なぁ、野明、お前なら、いちごのショートケーキを食べる時、その上にのっかってるいちご、いつ食べる?」
「うん…あたしはやっぱり最後に残す派かな?まず角のほうからフォーク入れるでしょう?で、てっぺんのいちごの周りの部分をカットして食べて――いちごが倒れそうになったら、残りのケーキといちごをひと口で食べる。王道でしょ?」
「……ケーキの残りといちごをパクっと食う女って、野明くらいじゃねぇ?何が王道だよったく…」
「ちょっとっ、ひどいよ遊馬!」
「俺なら、ケーキを全部食っても、いちごはそのまま残すよ」
「うそでしょ?だって遊馬は子供の頃からお坊っちゃまだったんでしょ?おやつもどうせ、有名店のフルーツたっぷりのホールケーキをいつも食べてたじゃないの?」
「何その金持ちに対する偏った想像は…。有名店ってお前、俺が前橋出身で、お爺ちゃん子ってこと、忘れたのかよ。東京みたいなおしゃれなセレブ生活はしねぇよ。小っちゃい頃食べたケーキなんて、普通のいちごが一粒乗っかってたショートケーキだったぜ」
「そうだったの?……でも、ケーキを全部食べ終わっていちごを残すとか、それ、もういちごケーキじゃなくて、ただのクリームのケーキを食べただけじゃない?いちごがただのおまけって感じの」
「野明の言ってる事分かんなくもないけど…まぁ、なんだ、その、どうしてもフォークであんな綺麗ないちごを刺すことが出来なかった。ああー、アホな話だろ?」
「…遊馬はいちごが嫌いだったの?」
「そういう問題じゃねーだろ!まあいい……この話、持ちかけた俺がどうかしてたぜ、ったく……」
遊馬は首を軽く振って顔をそむけたが、野明も黙ったまま口を開かなかった。聞こえるのは風の音だけ。エンジンを切ったvwタイプ2は車内も外も真っ暗だった。
同僚から元同僚になって間もなく、二人は車で伊豆へ旅行に行った。人通りの少ない海沿いの道路で車が故障し、ボンネットを開けてから、遊馬と野明がそれぞれ車の修理を試みたが失敗に終わり、暗くなってきたので、最終的に一晩車中で過ごし、翌日にトレーラーを呼ぶことにした。
「…遊馬の言おうとしてること、本当は、分かってる」
──いちごのショートケーキって、あたしたちの関係のことを言ってるよね、たぶん。クリームとスポンジケーキの部分は、あたし達の友情で、そして、その上に乗っかっていちごは……
「あ、そう」
「だから、さっきああやって、聞いたんじゃない?」
――遊馬はいちごが嫌いだったの?って
「……」
――今、俺が言ってたこと、本当にわかってんだろうな。
夜の闇に隠れて隣に座ってる思う人に気づかれることは、たぶんないとは思うが、遊馬の性器はさっきからビンビンに勃っていた。
それはまるで、子供の頃の自分がいちごのショートケーキを食べてた時、ケーキのてっぺんに輝くほど鎮座しているいちごから目が離せないのに、どうしてもそのいちごにフォークを入れることができずにいた。いちごを食べずに、その渇望を胸に抱いたまま、ケーキを食べている時のほうが楽で、甘美な渇きでもあったかもしれない。
──今の自分のように。
今はまだ、お前を取って食ったりは、しねぇよ。